トップへ

2018.11.13 / 中藤 貴雄 16人の息子たち!?

めっきり朝晩寒さを感じるようになりましたね。
気が付けば冬も直ぐそこまで来ています。
もう皆さん覚えてますよね、パッシブ標語!

※マジメに円陣組んでいます

実践の季節到来です(^^♪
 
さて話は変わりますが、自他共に認める熱狂的なサッカー少年だったわたくし
今でもサッカーを通じて小学生の子供たちに関わっています。
 
私のサッカー人生の始まりは・・と申しますと、35年余り前まで遡ります。
1983年に設立された「玉島サッカー少年団」(※現玉島FC)の記念すべき1期生として入団し、学生時代はサッカー漬けの日々を送り、紆余曲折ありながらも30歳まで現役でプレーしてまいりました。
現役引退とほぼ時を同じくして結婚をし、2人の息子に恵まれ、「サッカー」はテレビで観戦する程度になっていました。
 
息子2人には、「サッカーをしてほしい」と願っていたわけではありません。とは言え、私が見るテレビは「お笑い番組」と「サッカー」
家の中にも外にもサッカーボールが転がっていて、子供と遊ぶ時も「三輪車」の後「ボール蹴り」
・・無意識のうちに完全に子供達を洗脳していたようです( ̄▽ ̄;)
 
そういった生活の中で自然と?ボールを蹴るようになった息子2人(6才と4才)を連れて、少年時代にお世話になってた”N山コーチ”率いる玉島FCを訪問。
数十年ぶりです(^^)
息子たちがボールで遊んでいる時にN山コーチと懐かしい昔話をしていると・・
「子供も入るんなら丁度ええが!スタッフとして手伝え!」とN山コーチが一言。
もちろんNOとは言えません。
幼い頃に培われた子弟関係・・健在でした(^^)
玉島FC卒団後25年経った私の人生に「サッカー少年」たちが大きく関わることになったのです(^^)

 
息子2人が既に卒団した今でも、私は玉島FCのチームスタッフを続けています。
今は小学2年生の子供たちを担当しており、この子達が6年生で卒団するまで関わっていくことになります。
サッカーの技術的な事を教えるのはもちろん、
①人として仲間とどう関わるか
②対戦相手や審判という自分たちが関わる人たちと協調性を保ちつつ、どう自己を主張するか
③どう仲間を尊重できるか・・。
そういったフェアプレーの精神を出来るだけ間接的にヒントとして伝え、子供たちが「自分で気付ける」よう普段から心掛けています。
 
そんな中、毎年開催している当クラブ主催の「玉島カップ U-8」で嬉しい出来事が!!
普段の交流試合では、勝ち負けに特に拘らず、低学年である今は「結果」よりも「プロセス」を重視して声かけや全員ピッチに立てるようにしていますが、・・主催大会、勝利に貪欲になる大切さを伝えるいい機会です。
予選はなんとか無事通過!(普段どおり全員ピッチに立ちました)
いざ!決勝戦に向かう時にある子が『俺出れる?』と聞いていました。
そうなると、いつもの如く『俺は?』『俺は??』の大合唱。チャンス到来です!
 

『試合に出る子は、出られなかった子の分まで全力で戦う責任がある。皆の想いを背負って出とるんぞ!もう走れんと思うまで戦ってこい!』
『ベンチにおる子はする事はないか?試合に出んかったら玉島FCの選手じゃないんか?試合に出れんからって砂いじりするんじゃなくて、中で戦ってる仲間を全力で応援してやろうや。先発の選手がもし走れなくなっても俺らがベンチでいつでも出られるように準備しておるぞ!って応援してやろう!仲間を信じようや!』
 

すると、ベンチのみんなが一生懸命応援してくれたんです。
結果は2-5で完敗。
挨拶を終えチームの所に戻ると、ベンチで人一倍応援してくれていた子が泣いていました。
試合中『出たい』とも言わず、今自分がするべき事に徹してくれ、敗戦を心から悔しいと感じ涙を流していたのです。
私はみんなの前に座り『・・悔しいな』と一言つぶやきました。
止まらない涙を流しながら無言でうなずく子供たちの姿を見て、私も涙腺崩壊です(TOT)
嬉しくて嬉しくてたまらなくなりました。

み~んな玉島FCの選手!!全力を尽くそう!!

 
こういう経験を積み重ねながら、みんなの想いが一つになり、みんなが良いライバルとなり切磋琢磨してくれる事を願います。
そして小学生最大の目標である「全日本少年サッカー大会」を目指して共に戦いたいと思います!

 
この16人の息子たちと共に(^^)v